【対談】旅するハンドマッサージ屋 久保恵子さん×ヨハクデザイン

西和賀の温泉旅館「鳳鳴館」。
湯治旅滞在中に遊びに来てくれた、旅するハンドマッサージ屋の久保恵子さんに、仕事やこれからの夢について、お話を伺いました。

◇◇◇

1:ポルカの話

恵子さん
polca、集まったからやらないとって思ってますね。


(3月にハンドマッサージから始まるコミュニティづくりをpolcaしてた恵子さん)

ヨハク
あ、polcaね。マッサージ屋さん?
恵子さん
別にマッサージ屋さんじゃなくてもいいですね。
カウンセラーじゃないけど、「んだな〜」って話を聞ける人になりたいな〜と思って。
おばあちゃんでもいいし、自分で何か抱えちゃったり溜め込んじゃう人とかの。
ヨハク
溜め込んじゃう人。
恵子さん
お嫁さんとかね、あんまり外に出られない人とか。
そういう人たちを見てると、もっとそういうのがあってもいいのにな〜って。
ヨハク
西和賀にそういう場所がってこと?今は全然ないんですか?
恵子さん
ないですね。
けど、子供自体が少なくて、普段からじいちゃんばあちゃんが見てくれるしって地域なので、支援センターとかもないんですよ。
だから、できればいいかなーって感じですね。
でもpolcaをやったのは、全然「こういう夢があって実現したい!」っていうのじゃなくて、3月に議会があったから。
3月に開催される議会の一般質問で、交流スペース利用の話が絶対議員さんから出るって分かってたから、「こういう事やりたい若者もいますよ」っていうのを出せればって。
ヨハク
なるほど、実例を作りたかったんですね。
恵子さん
結局、議会がどういう風に落ち着いたかは分からないけど、キッカケとして出てもいいのかなって。
出たら自分も引き下がれなくなるし、それで言っといたっていうのがありますね。
そんな感じかなぁ。

◇◇◇

2:スタバで働く理由

恵子さん
今スタバで働いてるのも「全然地域と関係ないじゃん」って言われるんですよ。
そもそも自分も一生スタバで働くかも全然分かんないんですけど。
でも私、店長に言ってることがあって。
ハイデックさん
あの店長?
恵子さん
そう、あの店長。
3つか4つぐらい年上の店長がいるんですけど、私、店長に「私はスタバで世界平和を目指してます」って言ってるんです。
店長は理解してくれてるっていうか、ハイハイって聞いてくれてる感じなんですけど(笑)
なんていうんだろう、スタバに来た1人1人に対して一生懸命になれて、それで来た人が「今日スタバに来て良かったな〜」って思って帰っていったら、今度はその人が誰か次の人に何かできるようになるじゃないかって。
ヨハク
スタバで元気になったから?
恵子さん
そう。
そういうのって絶対あると思ってて、こう・・・数珠?
ヨハク
“数珠繋ぎ”
恵子さん
そう、数珠繋ぎみたいになっていけば多分・・
ヨハク
それで世界平和ね。
恵子さん
なのかなって。
今まだ私も適してる言葉が見付かってないんですけど、そういう世界平和に繋がる1つになったらいいなぁと思ってるのが、私にとってスタバかなと。
ヨハク
へぇ〜。
タリーズとかドトールじゃないんだ。
恵子さん
他は分からないけど、スタバは考え方が良いんですよね。
「困った時は助けを求めましょうね」っていうのが”業務”として入ってるんですよ。
「困った時は助けを求めなさい!」みたいな。
ヨハク
それは凄いね。
恵子さん
私の好きなのは「多様性を受け入れなさい」と「困った時は助けを求めるのが、あなたのスキルですよ」の2つ。
スタバでは、新しく入った人には必ずこれを教えるんですよ。
ヨハク
それ、凄くいいね。
恵子さん
その考え方もいいなって思ってたから、戻ってきたっていうのもあるので。
だから私にとっては、ハンドマッサージもスタバも同じことなんです。

◇◇◇

3:学生〜就職、岩手に帰るまで

恵子さん
私、自分の中で結構、思ったことが叶ってる人生なんですよね。
西和賀高校っていう地元の高校から早稲田に行ったんですけど、その時も「早稲田みたいな大学に行けたらいいなぁ」と思って西高に入ったんですよ。
でも何で西和賀高校に入ったんだっけ?って思うと、私その時ちょうどアーティストの「ゆず」が好きだったんです。
小岩井ロックファームってイベントにゆずが来ていて「ゆずいいじゃん!」って思って、ゆずと仕事がしたいと思ったんですよね。
だからライブの専門学校に行こうと思って、専門学校なら大学に行かなくてもいいから西和賀高校に行こうって。
そしたらその年に早稲田に進む人が西和賀から出て、早稲田もいいなと思ったの。
学校側は大学進学を勧めてくるから、じゃあ早稲田に行って経営の面からライブに携わってゆずと仕事しようって。
ハイデックさん
大学はどこの学部に行ったの?
恵子さん
商学部。
広告って面白いなと思って、結局広告の勉強をしたんです。
だから「よし、じゃあ広告業でゆずに会おう」って思ってたんですよ。
大きいタレントを使って駅前広告とかCMとか新聞広告をやりたいなと思って入りました。
時代も時代だったので、インターネット広告の会社に入って経験積んでいこうと思ってて。
よし、仕事頑張るぞー楽しいぞーって思ってるタイミングで震災が来て、その上、父親の病気もわかって。。
インターネットの会社だったから自宅勤務になって、「あれ?仕事ってどこでも出来るんじゃないか」って思ったんですよね。
広告の仕事って都内とかが中心だと思ってたけど、どこでも出来るんだったら岩手に帰ろうって思って。
そのタイミングで、丁度岩手県の東京事務所に産休の代替職員の募集があったんです。
そんな募集があることって滅多にないらしいんですけど、初めてそうやって募集されたタイミングで私が職を探していて。
じゃあ半年ぐらい岩手の仕事を東京でやってみて、もしそれで岩手の仕事をやってもいいなって思えたら、岩手に帰ろうって思いました。
そのタイミングで細江さんとか和氣さんとか、岩手の色んな活動をしている人たちと出会って、東京の事務所に直幸さんが来たんですね。
それで「イベントをやってます」って聞いて、西和賀もいいなぁ、帰ろうかなって思ったのがキッカケですね。

◇◇◇

4:岩手に帰ってきてから

ハイデックさん
帰って来た理由はお父さんの病気もあったの?
恵子さん
キッカケにはなりましたね。
なかったら別に帰ってこなかったですし。
でも3年って言われてたのが7年。
完治して、なんとか還暦まで。
ヨハク
えー!
恵子さん
そうなんです。
放射線で治ったのかな?分かんないけど。
ヨハク
良かった〜
恵子さん
そう!!!
東京で岩手の仕事をしている半年の間に、なんと紅白の仕事依頼が来たんですよ。
ゆるキャラのそばっちっているじゃないですか。
「そばっち、紅白に出てくれませんか?」って。
ヨハク
恵子さん
そう。
それで、紅白、ゆず毎年出てます、はい来ました!と思って(笑)
ハイデックさん
まだやっぱりゆずは諦めてなかったの(笑)
恵子さん
これでゆずに繋がったじゃん、私最高じゃん!人生このためにやってきたんだ〜と思って!
やったー!と思ってリハーサルに行ったら、その年だけゆずいなかったの。
もう最悪でしょ。
ヨハク
まさかの(笑)
恵子さん
まさかの!
他は見たよ?SMAPとか嵐とかEXILEとか「お疲れ様です」とか「ありがとうございます」とか言ってたけど、もう全然、感動ゼロ。
それよりも「今年に限ってゆずいないのか・・」って。
ヨハク
絶対いると思ったもんね。
恵子さん
絶対いると思ったのに!
・・まぁそこはダメだったけど、結局岩手に戻ってきて協力隊をやってから、空港の広告の仕事とか、北上駅の広告の仕事とかもやらせてもらいました。
自分で写真を選ぶこともやらせてもらって、ゆず以外は叶ってるかなって。

◇◇◇

5:調子を崩して辞めるまで

ヨハク
結局、協力隊の任期は最後まで務めたんですか?
恵子さん
やってないですね。トータルで1年半ぐらい。
ヨハク
途中で辞めたんですね。
でも何だろう・・ぼんやりしてると「ここしかない」ってなりやすいと思うんですよ。
辞めるとかも考えられなくなるというか。
恵子さん
自分の首を絞めちゃってたなと思って。
今は北上のスタバに通いながら休みの日に好きなことをやろうとしてるんですけど、ここで生活していくにはその方が合ってるような気がします。
ハイデックさん
今は拠点が西和賀と北上だよね。
恵子さん
本当、通勤があって良かったなと思います。
スタバの1つ前の仕事が携帯電話会社で、家でオペレーターの仕事をやってたんですよ。
けど結局、精神的にダメになって潰れてしまって。
今じゃ電話の音とかもダメだし、その会社のCMを見てもなんかもう・・
ヨハク
うわぁー、もうトラウマですね。
恵子さん

夜も眠れないし、もうダメだな、やっていけないなと思って。
ハイデックさん
そんなにだったの・・
恵子さん
そう、本当にもう無理で。
でもここを拠点に置いてやっていくってなった時に、次どうしよう?って考えるんですね。
変な話、仕事は探せばいっぱいあるんですよ。
人出が少ないから声も掛けてもらえるんだけど、次は失敗したくないしって思って。
それで北上のスタバに行ったら、やっぱりいいなって。
スタバの考え方はもともと分かっていたし、自分にも合ってるから続けられていますね。
通勤に1時間かかるんですけど、やっぱり気分転換になります。
ヨハク
そう思えるならいい場所だよね。
恵子さん
その会社の時は、朝起きて「1時間後にはインカム付けて仕事してるんだ・・」みたいな。
18時に仕事が終わったら、もう何も考えたくないから寝ようってなって、次起きたらまた「今日もインカムつけなきゃ・・」って。
ヨハク
それはツライね
恵子さん
携帯電話ってすぐアップデートするじゃないですか。
そうしたら、「今日はアップデートがあったから問合せが多いな」って。
他にも、「今日は土曜日だから問合せ多いな」「あーそっかそっかー・・」みたいな。
毎日追われてましたね。
ヨハク
完全に向き不向きがある仕事だよね。
恵子さん
切り替え上手な人はやっぱりうまかったですよね。
終わったらパッとこう切り替えて、休みの日にはリフレッシュみたいな。
最初ツラいなって感じていても、本を読んだりして克服してステップアップしていく人もいたんですけど、私はそこまでは出来なかったですね。
ヨハク
でも向いてないんだったら無理することないですよね。
全然辞めちゃっていいと思う。
ハイデックさん
気付いて良かったよね。
恵子さん
本当ですね。
でも最初は全然気付いてなくて。
ヨハク
必死でやってるとそうなりますよね。
恵子さん
そう、必死だったんですよ。
だけど成績もどんどん落ちていって遂には面談になって。
「このまま仕事が出来ないのはダメだから、診断書を持ってきて。そしたらMAX2週間、病気扱いで休みが取れるから」って言われました。
それで正月明けに北上の精神科を探して、事情を話して2週間の診断書をもらおうと思ったんです。
だけど精神科の先生に、「うちのこの診断じゃ2ヶ月からしか書けないよ」って言われちゃって。
診断書を2週間で書いてほしい私と、2ヶ月からしか書けない医者の押し問答。
そしたら先生が「どうして自分がこうなってしまったか分かってるの? 前職に勤めていた時と全然違うよね、原因も分かってるよね? コール音が怖くなくなる、テンション上げて元気に電話を受けられるようにする薬はあるよ。だけど薬を使ってまでやりたい仕事なのか考えなきゃいけないでしょう」って。
多分その時の私を見て「キツく言わなきゃダメだ」って思ったのかもしれないけど、精神科の先生って優しいって聞いてたのに、全然優しくなかったですね(笑)
それで「うちは2ヶ月でしか書けないから、これで出すか出さないかは自分で考えなさい」って2ヶ月の診断書を渡されて、イヤでも考えなきゃいけなくなったんですよね。
調子を崩してたことは家族と身内にしか伝えてなかったけど、みんな「自分で決めたら」っていう反応だったのでますます。
でも、それで改めて考えてみたら「このまま薬漬けで生きていくのはツラいな」ってなって、「辞めよう」って思いました。
そしたら今度は何もすることがなくて。
このまま家にいたら本当にダメかもしれないって思って、まずはリハビリと思って、オープンしたばかりの北上のスタバに行ってみたんです。
ヨハク
いいタイミングでスタバがオープンしたんですね。
恵子さん
北上のスタバで働く前、店長には事情を全部説明しました。
「実はこういう状況で前職を辞めてきてます。協力隊を辞めて次の仕事も辞めた人間が、また次に更に仕事を辞めるなんてことになったらもう西和賀には住めない。だから北上で働きたい」って、包み隠さずに。
そしたら「けど、自分で辞めたんでしょ?」って言ってもらえて、私の感じてた引け目みたいなのを取っ払ってくれたんですね。
それで私も「自分で辞めました」って言えて、「じゃあいいよ、まず頑張ってみたら」って受け入れてもらえて、今に至ります。
ヨハク
良かったですね。
恵子さん
ねー、本当どうなってたか。
ハイデックさん
昨日も話してたんだけど、偶然ってあんまりないと思うんだよね。
タイミングがいいっていうのは、全部必然の上で推移してるような気がしていて。
俺も色々あるけど、やっぱりどれも必然なわけよ。
あの店長に会った時、俺は「すごくあったかそうな男だな〜」と思ったよ。
ヨハク
私、北上のスタバ行こう。
恵子さん
あ、来て欲しい。
それでこれ良かったら使って?
ヨハク
えー!めっちゃ嬉しい。(スタバカードをもらう)
恵子さん
このカードには少ししか額が入ってないんだけど。
スタバでこのカードを使ってくれたら、使った金額の1%をスタバから「みちのく未来基金」に寄付するシステムになってるんです。
みちのく未来基金は震災孤児の人たちに使うお金で、100円使ったら1%の1円を必ず寄付しますよってキャンペーンで。
5月末までの利用なんですけど、スタバは全国にあるから、ノマドする時に是非。
ヨハク
ありがとうございます!
恵子さん
枚数限定のものなんだけど、私はやっぱり周りの人に使ってほしいんですよね。
ヨハク
うんうん。
あ、私恵子さんにマッサージもやってほしい。
恵子さん
結構パソコン使ってますもんね。
ゴリゴリしてるところを見付けながら重点的にやりますよ。
ヨハク
わーい^^
久保 恵子
岩手県和賀郡西和賀町出身。
大学卒業後、インターネット広告会社、地域おこし協力隊などを経て、今に至る。
カフェ店員をしながら、地域づくりに一住民として何ができるか模索中。
【いまチャレンジしてること】ハンドマッサージ、農業(わらびに関わること)、山葡萄やあけびの蔓を使った細工。